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盆栽にSMの究極を見た日
2009年10月18日

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先日、ちょっとした用事があって盆栽苑に行ってきました。

すみません、いきなり謝りますが、私、盆栽をナメてました。枯れたおじいちゃんが暇つぶしにやるものだろうと思ってました。

違うのです。盆栽は、種族を超えたSとMの愛情と意地がぶつかり合った結果生じた小宇宙なのです(コスモじゃないよ←ばかですね私!)

盆栽職人は、まず自分の理想の形に育ちそうな若木を、森の中に自ら赴いて探し出します(最近は探し出す専門の人も多いようですが)

その若木を、一気に育ちすぎないように、微妙に小さな鉢植えに植えつけて育てる。上に育ちすぎそうになったら剪定、剪定、剪定。育ったら植え替え。そうしていくうちに、植物の幹は短くとも太く丈夫になり、職人が掛けた手間を全身で表現するかのような神々しい姿をあらわすようになります。

と一言で申し上げても、何しろ相手は植物ですから、そんな姿になるのはどんなに早くても十数年。どえらいものになると、二百五十年なんてのもあります。え、えどじだい…

そうなると当然一代では済みません。職人は何代にも渡って手入れを繰り返し、次代に引き渡してゆくのです。
剪定の頻度は、ものにもよりますが、ある程度育ったもので数日に一度。専用の鋏を持つその手つきからは、情愛としか言いようのないものを感じました。

時間と愛情を惜しむことなく、自らの理想に沿ったある種の「奇形」を作り出そうと情熱を傾ける職人と、それを、植物の本能と相容れないものながらも全身で受け入れて小宇宙を体現する盆栽。気の遠くなるような時間が、その底には流れています。
何か、余人が入り込めない迫力と高潔さを感じました。信頼関係とかいう言葉が、この交わりの中では、何だか薄っぺらく思えてきます。彼らは、そんなものは後で勝手についてくるしかない深淵に、すでにいるのです。

現実化することは不可能なのかもしれない。でも目指すものとして、こういう姿を念頭に置いておきたいなと思った、ある秋の一日でした。
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コメント

小宇宙を迷いなくコスモと読みました。

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そんなあなたが大好きです。愛してます。また言っちゃった!

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早川舞

Author:早川舞
 女王様と編集者の二足のわらじを経て、SM・フェティッシュ分野を得意とするライターに。

 共著『可笑しなヘンタイ図鑑』(宝島社)、『Girl’s Side Book』『Girl’s Side Dictionary』(池田書店)、オタクが腐女子に、さらに女王様になるまでを描いた自伝『女王様はオタクだった 腐った遺伝子』(大洋図書・電子書籍)等の著作がある他、北尾トロ氏責任編集『季刊レポ』(ランブリン)にてSMの歴史や女装をテーマにした記事を寄稿。SM専門誌・ウェブサイトでも活動。

 メンバー全員女王様ロックバンド「SEXLESS」なんてのもやってたり。


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