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強いからはかないものたち
2009年08月02日

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私は夏が苦手である。嫌いなのではなく、苦手である。

嫌いと苦手の違いは何かと言うと、嫌いというのはまだ何くそ精神が残っているというか、能動的な意思なのに対し、苦手というのはもう完全にこちらの負けを認めて、されるがままに蹂躙されている点であろう。

つまり私は夏に屈服したわけだが、その敗因は2つある。ひとつは暑いからだ。暑いというのはウザいだけでなく、日常生活にも支障をきたしまくる。すでに起こした貧血の数はいちいち数えていないし、夏風邪も毎夏ごとの義務であるかのように、今年もちゃんとひいた。

もう1つは、夏というのは切ないからである。夏って、なぜこんなに切ないの。アスファルトに照りつけては陽炎を躍らせる日差し、頬を撫でるぬるい風、目に灼きつくような空の青の濃さ、突然の夕立ち、空いっぱいに広がった入道雲、それを一面の茜色に染める夕暮れ、夜ふと鼻をつくみずみずしい草の匂い……日常の中のふとした光景に何とも言えない切なさを感じてしまい、突然涙がこぼれそうになってしまうことが、ひと夏に何度あるだろう。ああもう、夏、ずるい。これでは負けるのは当たり前だ。

そして、夏といえば高校野球だ。と言いつつ、私は高校野球のファンではない。今年の夏もまったくチェックしていない。しかし、高校野球が好きだという人の気持ちはわかる。だが、なぜその気持ちがわかるのかは、わからなかった。

先日、高校野球が好きだという友人に、なぜ高校野球が好きなのかと尋ねたら、一言、明快に「負けたらすべてが終わりになるところ」とのたもうた。至言だと思う。目からウロコが落ちすぎて、目玉まで落ちるかと思った。
曰く、それまでの努力……努力の内容はおそらく、校庭20周マラソンだとか、千本ノックだとか、ウサギ飛びで神社の階段を昇りきるだとか、大リーグ養成ギプスだとか、マネージャー(女子)の甘酸っぱくも厳しい視線だとか、合宿の夜に回し読みしたエロ本などだと思われる(私は文科系女子だったため、世の野球部の活動についてまったく知らないので、100パーセント推測で物を言っています!)……が、負けたが最後、甲子園の熱風に攫われ、ひと夏の思い出として二度と手の届かぬところに行ってしまう、そのギリギリのラインで踏ん張っている姿に感動を覚えるそうだ。
しかも、もし最後まで踏ん張り続けることができたとしても、何だかんだで最終的には誰にも平等に「終わり」は訪れる。そりゃ勝者には「名誉」と「将来性」は与えられるけど、でもとにかく終わる。要するに高校野球は最初から「終わること」を宿命づけられているのだ。はかないなぁ。何という神の悪戯的スポーツであろう。このドS! 

さて、はかないという言葉を使ったが、「はかない」というのは「切ない」と非常に近いところにある感覚ではないかと思う。「はかない」という言葉からは、「何かが終わること」や「何かを失うこと」の匂いがぷんぷんと立ち昇っている。だとしたら、切なさも、「何かが終わること」の匂いへの気付きを以って、感じるものなのかもしれない。

夏は、五感に訴えかけてくるすべてのものが、濃くて、強くて、鮮やかだ。だからこそ、それが去っていったときの虚無感は、ほかの季節とは比べものにならない。何度か夏を経験したことで、夏のふとした光景が、焦燥感を伴った喪失感と結びつくようになるのは、ありえないことではないだろう。

しかも私たちは、たとえば16歳の夏と17歳の夏とがどれほどまでに違うかというのを、高校野球を例に挙げずとも自分でも体感してきた。36歳の夏と37歳の夏にはそれほど違いはないかもしれないが、16歳の夏と17歳の夏は狂おしいぐらいにまったく別物で、そして本当にそれぞれ、去っていったら、二度と戻ってこなかった(何か特別なことがあったわけじゃないけど、あの、ほら、見えるものとか感じるものとか環境とか的に)。あぁ、はかないなぁ。

それでは、そろそろ十八番といきましょう。(十八番=何でもSMにつなげる)

私はSMの世界に入り込めば入り込むほど、SMに強さよりもむしろ切なさやはかなさを感じるようになったのだが、それはやはりSMには、常に「何かが終わること」の匂いがつきまとっているからだと思う。力関係だとか、それに伴う行為だとかいった表面的な強さの裏に、ひっそりと息づくように。
何かが終わる、の何かは人それぞれで、ある人は非日常だろうし、ある人は日常だろうし、ある人は人間そのものであることだろうし、ある人は溜めに溜めた性欲だろうし、ある人は長い旅(寓意的表現)かもしれない。

さらに、SMの女王には前ぶれなく引退する人が多いのも、切なくはかない。突然降ってきた夕立が突然上がってしまったごとく、綺羅星のように現れ消えていった女王は枚挙に暇がない。夏の日に目蓋に灼きついた鮮烈な光景の如き心に刻み込まれるようなプレイを彼女と経験していたら、そのやるせなさはより一層増すことだろう。
この人と心に決めた女王に引退される憂き目に合い、心を迷子にしたM男くんを、私は何人も見た。

もっとひどいのは、いつか会いに行こうと思っているうちに、引退されてしまうというパターンである。これについてはもう掛ける言葉がない。

ただひとつだけ言えるのは、今もしこれを読んでいるあなたに、気になってはいるけれどもまだ会っていない女王がいるのだったら、こんなもん読んでいる暇があったらさっさと予約して会いに行って、何かを終わらせて来い、ということだけである。
夏の夕立は、あっという間に上がってしまうから。
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早川舞

Author:早川舞
 女王様と編集者の二足のわらじを経て、SM・フェティッシュ分野を得意とするライターに。

 共著『可笑しなヘンタイ図鑑』(宝島社)、『Girl’s Side Book』『Girl’s Side Dictionary』(池田書店)、オタクが腐女子に、さらに女王様になるまでを描いた自伝『女王様はオタクだった 腐った遺伝子』(大洋図書・電子書籍)等の著作がある他、北尾トロ氏責任編集『季刊レポ』(ランブリン)にてSMの歴史や女装をテーマにした記事を寄稿。SM専門誌・ウェブサイトでも活動。

 メンバー全員女王様ロックバンド「SEXLESS」なんてのもやってたり。


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